フラメンコを楽しく踊るブログ

感じたことや思い浮かぶ情景を表現する

こんにちは⭐︎

 

アップしようと思って忘れていた。。!
宮野ひろみさんの新人公演応援企画第2回の「踊り全体の講評」で踊ったシギリージャの、早送りなしの通常速度版をアップしました😅

 

なんかね、フラメンコを踊る時、「気持ちが伝わるように」と思って踊ってたんだけど、
実際問題踊ってる時は頭空っぽだったわ(笑)
集中してる=気持ち入ってる、と勘違いしちゃってる節があったんだよね。
シギリージャを聴いて感じる心のスペースとか、全然持ち合わせてなかったわ。。

 

レッスンでは、「歌詞を聴いて感じることより、音楽を聴いて自分の体験や光景を思い浮かべた方がいい」というアドバイスをもらいました。

その時のレッスン動画はこちら!


確かに、無理矢理歌詞を感じるよりも、自分視点に落とし込んだほうが自分らしく踊れますね。
シギリージャの歌詞を見てみると、迫害されたヒターノの心境を歌っていて、やっぱり、、その気持ちを自分に取り込むのは難しい。

迫害されたことないし、スペインでも人種差別されたことないし、うーん。ありがたいことながら、食うに困る状況に陥ったこともない。

女優ならまだしも、ずぶのど素人なので、自分の体験から掘り起こしていこうと思います。


音楽的には、サリーダを聴いてると、夜、ひとりで夜空を見上げているような光景が思い浮かぶのです。
セビージャの写真だと、こんな感じかな!!


私のことを誰も知らない、ひとりぼっち…的な。
夜空の反対側というと、ギラギラした太陽ですかねぇ。
マラガにひとり旅行した時、、のギラギラした太陽が思い浮かばれるかなぁ。


そこでもひとりぽっちだったんだけどね、笑

 

なので歌振りのところはですね、冬のセビージャの夜空、それから夏のマラガで感じた太陽をひとまず頭に思い描きながら踊ってみようかなぁっと。
誰もいない空間で一人ぼっちなのは、全然苦にならないのだけど、周りで人が楽しそうにしている中で独りでいるのは、心にずしーんとくるものがありますよね。
私は社会不適合者…みたいな(笑)
そういった葛藤は子どもの頃からありましたので、そういった気持ちも含めて踊ってみたいと思います。

 

やっぱさ〜努力でなんとかなる部分も多いと思うんだけどさ、生まれた時に能力値のパラメータってある程度決まってるよね、というのが私の持論。
今も友達少ないけど、やっぱり私は小学生の頃からちょっと「浮いた」感じの子どもだったからなぁ。
やっぱり子どもの頃からコミュ強は、途中でつまづかない限り大人になってもキラキラ大人になるじゃん。完全に印象だけど。


私は、二人組作って〜!っていうのが恐怖すぎる子どもでした、笑
「誰も私のことなんて選んでくれないのに・・・」って卑屈な心は、覚えてる限り6歳からはすでにあったからなぁ。


社会人をもう10年くらいやってる今では、当たり障りない社交術はまぁまぁ身については来ているので、昔ほどの生きづらさは感じないけどね。
年取るって悪いことばかりじゃないよ!笑


まぁでもやっぱり社交面では卑屈になってしまう面があって、しんどいこともあるので、そんな気持ちもシギリージャに載せて踊っていけたらいいかな、と思っています!!

 

今まで「踊ること」に焦点を当ててきたけれども、ひろみさんのレッスンを受けて「お客さんにどう見てもらうか」にも少しずつ意識がいくようになってきました。


まずテクニカ面のハードルもあるのだけど、徐々にそっち方面も開拓していきたいと思っております!